建設業の就業規則、ひな形のままだと危ない5つの落とし穴
建設業の就業規則は、厚生労働省のモデル就業規則や無料テンプレートを「目次のチェックリスト」として使い、中身は現場の実態に合わせて書き換えるのが基本です。厚労省自身もモデルは例にすぎず実態に合わせるよう示しています。特に天候休業・移動時間・日給月給・一人親方の混在・時間外の上限規制の5点は、ひな形のままだと賃金トラブルにつながります。
→ 自社の場合はどうなる? Zoom30分・無料相談で個別に整理できます従業員9人の工務店。棚の奥のファイルから就業規則を引っぱり出すと、表紙の日付は数年前、中身は昔もらったひな形に社名だけ入れたもの。雨で現場を止めた日の扱いも、朝の集合場所から現場までの移動も、どこにも書いていない——。ご相談で最も多いのが、この状態を表したひと言です。「就業規則はあるけど、全く現状に見合っていない」。規則が無いより危ないのは、実は「あるのに現場と食い違っている」状態のほうです。ひな形は一般的な会社を前提に作られているため、天候休業や移動時間、日給月給といった建設現場ならではの事情を拾えていません。労基署の調査が入ったときや、退職した職人から未払い残業代を請求されたとき、ひな形のままの規則は会社を守ってくれません。ここでは、ひな形のままだと会社を守れない代表的な5つの落とし穴を、直し方までセットでお伝えします。あわせて、厚生労働省のモデル就業規則や無料テンプレートの上手な使い方と、建設業の就業規則に入れる章の目次例もまとめました。

そもそも、なぜ「ひな形のまま」だと危ないのですか?
就業規則は、賃金や労働時間、休日、懲戒などのルールを定めた会社の“土台の文書”です。ひな形でも記載事項がそろい、従業員に周知されていれば、形式上は成立します。ただ、問題は中身です。ひな形は「毎日決まった時間に出社し、雨でも仕事がある会社」を前提に書かれていることがほとんどで、建設業の現場とは前提が違います。
- 天候で仕事が止まる日がある
- 直行直帰や現場集合で、移動の扱いがあいまいになりやすい
- 日給月給という独特の賃金形態がある
- 自社の社員と一人親方・応援職人が同じ現場に混ざる
この“ズレ”を放置すると、賃金トラブルや、助成金の申請・労基署の調査の場面で不利になります。順番に見ていきます。
落とし穴1|雨で現場が止まった日の給料は、どう払う?
- ひな形だとどうなっているか:天候休業の規定が無く、「休んだ日は無給」とだけ読める。
- 建設現場で何が起きるか:会社の都合で現場を止めた場合、その日は休業手当(平均賃金の60%以上・労働基準法26条)の対象になり得ます。無給で処理していると、あとから未払いを指摘されるおそれがあります。
- どう直すか:会社都合の休業と、台風など不可抗力による休業の線引きを規則で定め、振替や手当の運用をあらかじめ決めておきます(※休業手当の考え方は2026年9月時点)。
落とし穴2|現場への移動時間や集合時間は「労働時間」ですか?
- ひな形だとどうなっているか:始業・終業の時刻しか書いておらず、移動や集合の扱いが空白。
- 建設現場で何が起きるか:会社が指定した場所に集合してから一緒に現場へ向かう時間は、労働時間と判断されることがあります。ここがあいまいだと、残業代の計算がずれます。
- どう直すか:「どこからが労働時間か」を規則で明確にします。直行直帰の日と、いったん事務所や集合場所に寄る日で、扱いを分けて書いておくのが実務的です。
落とし穴3|日給月給の欠勤控除や残業代は、正しく計算できていますか?
- ひな形だとどうなっているか:月給制を前提にした賃金規定で、日給月給の控除や割増の計算基礎があいまい。
- 建設現場で何が起きるか:欠勤控除の単価と、残業の割増を計算する単価がバラバラになり、「多く引かれた」「残業代が足りない」というトラブルの火種になります。
- どう直すか:日給をどう時間単価に換算するか、欠勤控除・割増賃金の計算基礎をそろえて規定します。ここは金額に直結するため、いちばん丁寧に作るべき部分です。
落とし穴4|一人親方や応援職人が混ざる現場、規則の適用範囲は明確ですか?
- ひな形だとどうなっているか:「従業員に適用する」とだけ書かれ、誰が対象かの線引きが弱い。
- 建設現場で何が起きるか:契約は一人親方でも、実態が雇用に近ければ労働時間や社会保険の対象と判断されることがあります。適用範囲があいまいだと、対象なのか対象外なのかで揉めます。
- どう直すか:就業規則が適用される「労働者」の範囲を明記し、請負として扱う人との違いを、契約と実態の両面から整理します。
落とし穴5|時間外労働の上限規制に、現場は対応できていますか?
- ひな形だとどうなっているか:古いひな形だと、上限規制が反映されていないことがある。
- 建設現場で何が起きるか:時間外労働の上限規制は、2024年4月から建設業にも適用されています。原則は月45時間・年360時間で、違反には罰則があります。規則と現場の運用が食い違っていると、いざ指摘されたときに守るものがありません。
- どう直すか:36協定(時間外労働をさせるための労使協定)の内容と就業規則をそろえ、実際の勤務時間を記録する仕組みまで含めて整えます。
厚生労働省のモデル就業規則や無料テンプレートは、どう使えばいいですか?
夜、事務所のパソコンで「就業規則 建設業 テンプレート」と検索し、厚生労働省のモデル就業規則をダウンロードする。90ページを超える文書の「〇〇株式会社」に社名を入れ、空欄の数字を埋めていくと、それらしい規則が一晩でできあがります。ただ、翌朝の雨で現場を止めたとき、その規則のどこを開いても答えは書いていません。
モデル就業規則は、厚生労働省が規程例と解説をセットで公開しているもので、Word版とPDF版があります(※2026年9月時点の最新は令和7年12月版)。下敷きとしてはとても優秀です。ただし、厚生労働省自身がこう位置づけています。
- モデル就業規則はあくまでモデル例で、就業規則の内容は事業場の実態に合ったものにしなければならない
- 下線部分の名称や数字は、法令に従い各事業場の実情に応じて定める
- あらかじめ数字が入っている部分も、分かりやすく解説するための便宜的な記入なので、実情に応じて定め直す
- 主に通常の労働者(正社員)を想定して作られているため、パートや有期雇用の人には適用できるかを検討し、必要なら別の規則を作る
つまり、社名と数字を埋めただけでは「完成」ではありません。上手な使い方は、次の3段階です。
- 目次のチェックリストとして使う:自社の規則に、入れるべき章が抜けていないかを見比べる。
- 建設現場の事情を書き足す:モデルには、雨で現場が止まる日・現場集合と移動・日給月給・一人親方との線引き・出張の日当といった、建設業ならではの場面は書かれていません。上の5つの落とし穴が、そのまま書き足す箇所になります。
- 実際の運用とそろえる:規則に書いた休日・残業の扱いと、36協定・勤怠の記録・給与計算が同じ数字になっているかを確認する。
テンプレートを下敷きにしても大きく困らないのは、全員が同じ事務所に出勤して時間どおりに働き、賃金も月給で統一されている会社です。反対に、次のどれかに当てはまるなら、テンプレートの書き換えだけでは足りなくなりやすいです。
- 天候で現場が止まる日がある
- 直行直帰や、事務所・資材置き場への集合がある
- 日給月給や日当で払っている職人がいる
- 一人親方や応援職人が同じ現場に入る
- 遠方の現場への出張や、土曜の現場がある
テンプレートは「何を決めればいいか」を教えてくれますが、「自社の現場では何と決めるか」までは教えてくれません。そこを埋めておけば、雨の朝も、退職した職人から連絡が来た日も、規則を開けば答えが書いてある状態になります。社長が毎回その場で判断しなくて済むこと。それが、ひな形から一歩進めた就業規則の価値です。
建設業の就業規則には、どんな章を入れればいいですか?(目次の例)
就業規則に必ず書く事項は、労働基準法89条で決まっています。始業・終業の時刻や休憩・休日・休暇、賃金の決め方・計算と支払いの方法・締切日と支払日・昇給、そして退職(解雇の事由を含む)です。退職金、表彰・懲戒、安全衛生、作業用品などの自己負担は、会社で定めをするなら書かなければならない事項です。常時10人以上の労働者を使う事業場(会社全体ではなく、本社・営業所などの単位で数えます)には、作成と労基署への届出の義務があります(10人未満の会社が作る意味は10人未満でも就業規則を作るべき理由で解説しています)。
厚生労働省のモデル就業規則の目次(総則/採用・異動等/服務規律/労働時間・休憩・休日/休暇等/賃金/定年・退職・解雇/退職金/安全衛生・災害補償/表彰・制裁 など)を土台に、建設業の会社で詰めるポイントを並べると次のようになります。
| 章 | 主な中身 | 建設業で詰めるポイント | くわしいコラム |
|---|---|---|---|
| 総則(適用範囲) | 目的、規則が適用される人 | 社員と一人親方・応援職人の線引き。パートや有期の職人に同じ規則を使うか | 契約実態の見直し/偽装請負チェックリスト |
| 採用・試用期間 | 提出書類、試用期間、労働条件の明示、異動 | 見習い期間の長さと本採用の判断、現場が変わる前提での就業場所の書き方 | 入社後90日でやるべきこと |
| 服務規律 | 守るべきこと、ハラスメントの禁止 | 現場でのハラスメント、施主・元請からのカスハラへの対応 | ハラスメント規程の作り方 |
| 労働時間・休憩・休日 | 始業・終業、休憩、休日、時間外労働 | 集合・移動時間の扱い、直行直帰、土曜の現場と変形労働時間制、36協定との整合 | 移動時間は労働時間?/直行直帰の規定例/1年単位の変形労働時間制/36協定の書き方 |
| 休暇 | 年次有給休暇、特別休暇、休業 | 雨で現場を止めた日の休業手当、冬期休業の扱い、職人の育児・介護休業 | 雨の日の休業手当/冬期休業と季節雇用/育児・介護休業規程 |
| 賃金 | 賃金の決め方、手当、割増賃金、締切日・支払日 | 日給月給の欠勤控除、現場手当・資格手当と残業代の基礎、日当に残業代を含める場合の書き方 | 日給月給の賃金規定/手当と割増賃金の基礎/固定残業代の決め方 |
| 出張・旅費 | 出張の手続き、日当、宿泊費 | 遠方現場の日当・宿泊費と移動日の扱い(モデル就業規則の目次には独立した章がないため、別規程で作ることが多い部分) | 出張手当・日当の決め方 |
| 休職 | 休職の事由、期間、復職 | 私傷病で長く現場に出られない職人の扱い、復職の判断、社会保険との関係 | 休職規程と復職の決め方 |
| 退職・解雇・定年 | 退職の手続き、解雇の事由、定年、継続雇用 | 音信不通になった職人の扱い、60代・70代のベテランの継続雇用 | 職人が「飛んだ」とき/定年・継続雇用規程の規定例/高齢者雇用と助成金 |
| 表彰・懲戒 | 表彰の種類、懲戒の種類と事由 | 懲戒の種類と程度を事前に明記しておくこと。現場での事故・無断欠勤への対応 | 懲戒規定の入れ方 |
| 安全衛生 | 健康診断、安全教育、災害補償 | 熱中症対策の報告体制と手順、保護具の着用、労災時の対応 | 熱中症対策の義務化/安全配慮義務 |
| 退職金 | 対象者、計算方法、支払時期 | 建退共(建設業退職金共済)に入っている場合の規程との関係、中途退職時の扱い | 建退共と退職金規程 |
表のすべてを一度に完璧にする必要はありません。まずは「労働時間・休憩・休日」と「賃金」の2章を、現場の実態と照らし合わせてみてください。お金と時間に直結するこの2章が現場とそろうだけで、給料日のたびに感じていた「この計算で本当に合っているのか」という引っかかりが、ぐっと小さくなります。作ったあとの周知・意見書・届出の手順は就業規則の届出方法にまとめています。
自社の就業規則が「危ない」かどうか、どう確認すればいいですか?
自社の規則が危ないかどうかは、一度にすべてを点検しなくても見当がつきます。まずは「雨の日の給料」「移動時間」「日給月給の計算」という、お金に直結する3点が現場の実態に合っているかを確認してみてください。ここがひな形のままなら、他の項目もずれている可能性が高いサインです。すでにある規則を直す順番は就業規則の見直し・改定の進め方で解説しています。一人親方の扱いに不安がある場合は、一人親方の社会保険はどうなる?もあわせて参考になります。
モデル就業規則やテンプレートを下敷きに、自社の現場に合わせて作り直したい方は、建設業の就業規則作成のページをご覧ください。ダウンロードしたひな形や、今お使いの規則をそのまま持ち込んでいただければ、残す条文と書き換える条文を分けるところから始められます。当事務所では、就業規則の作成・改定を顧問の基本料金内で行っています。時間外労働の上限への対応、現場への移動時間の扱い、出張手当の設計、一人親方から従業員への移行——この記事で挙げた落とし穴は、いずれも毎月のように扱っている実務です。遠方の会社でも、オンラインでやり取りしながら作れます(遠方の社労士に頼む流れ)。自社の規則が現場に合っているか気になる方は、Zoom30分の無料相談で一緒に点検できます。最新の制度や金額は、必ず公式サイトでご確認ください。
参考(一次情報)
- 労働基準法(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- 建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html
- モデル就業規則について(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html
- モデル就業規則 令和7年12月版 PDF(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/content/001620507.pdf
よくあるご質問
「うちの就業規則は、今のままで大丈夫?」
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