建退共と退職金規程|建設業の退職金を「払えない約束」にしない決め方
退職金制度の導入は一律の法的義務ではありませんが、規程などで支給条件を定めれば、その約束に従う支払義務が生じます。建退共を利用する会社は、共済給付を退職金の全部とするか、自社で上乗せするかを明記し、対象者・計算方法・支払方法・時期を整理します。加入手続きだけで終わらせず、掛金の納付記録と手帳管理を規程に合わせることが必要です。
→ 自社の場合はどうなる? Zoom30分・無料相談で個別に整理できます従業員8人の鉄筋工事会社。夕方、20年勤めたベテランが事務所に残り、「退職金はいくら出るんですか」と聞いてきます。社長は棚から建退共の手帳を取り出しますが、証紙をきちんと貼ってきたか、自信がありません。就業規則を開いても、あるのは「退職金を支給する」の一文だけ。長く働いてくれた職人に報いたい。それでも、その場で金額を口にすることはできません。
これは、退職金の決め方を考えるための想定場面です。困るのは、会社が約束した退職金と、実際に用意しているお金がつながっていないこと。この記事では、建退共を使う建設会社が、何を確認し、規程にどう書き、日々どう管理すればよいかを順に整理します。
退職金は、従業員8人の会社でも払う義務がありますか?
「法律で決まっていないなら、払わなくてもよいのか」。手帳を前に、まずそこが気になるかもしれません。退職金制度を設けること自体は、一律に法律で義務付けられていません。ただし、就業規則や労働契約などで支給条件を定めていれば、その定めに従う支払義務が生じます。 茨城労働局の解説でも、この区別が示されています。
制度を設けるかどうかと、設けた制度を守るかどうかは別の話です。「今月は資金繰りが厳しい」という事情だけで、約束した退職金が任意の謝礼になるわけではありません。
労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に、就業規則の作成・届出を求めています。退職金を定める場合に記載するのは、次の事項です(※2026年9月時点)。
- 誰を対象にするか
- 退職金をどう決め、どう計算するか
- どの方法で支払うか
- いつ支払うか
これを「相対的必要記載事項」といいます。制度を作る場合に、就業規則に書かなければならない項目という意味です。
一方、常時8人の事業場で就業規則の作成・届出義務がない場合でも、退職金の約束までなくなるわけではありません。まずは人数で安心する前に、今ある規則と雇用契約を並べてください。社長が確認すべきなのは、「うちは何を約束しているか」です。ここが分かれば、本人への説明を思いつきで始めずに済みます。
建退共は、誰がお金を出して、いつ職人が受け取る仕組みですか?
「手帳があるから、会社を辞める日にまとまったお金が出る」。社長も職人もそう思っていると、退職の話が進んでから行き違います。
建退共は、建設業で働く労働者のための退職金共済制度です。掛金日額は320円で、全額を事業主が負担します。納め方には、共済手帳に証紙を貼る方式と、就労実績に応じて退職金ポイントを掛金へ充当する電子申請方式があります(※2026年9月時点)。
| 納付方法 | 会社が行うこと | 確認する記録 |
|---|---|---|
| 証紙方式 | 就労日数に応じて共済手帳に証紙を貼る | 就労日数と実際に貼った証紙の日数 |
| 電子申請方式 | 就労実績を登録し、ポイントを掛金へ充当する | 登録した日数と充当済みの記録 |
現場や勤め先が変わっても、建退共に加入している事業所で働く場合は、掛金納付を通算できます。 自社を辞めたあとも別の建設会社で働く職人にとって、手帳は次の職場へつながるものです。
退職金は、建設業関係の仕事をしなくなった場合など、制度上の請求事由に該当し、掛金納付月数の要件を満たしたときに、本人または遺族の請求で直接支給されます。現在の基本的な納付要件は12月以上で、21日分を1か月として数えます。12月未満では支給されません(※2026年9月時点。請求事由の発生日が平成28年3月31日以前の場合は24月以上が必要です)。
また、納付月数が12月以上24月未満の場合は、通常の退職では納めた掛金の全額が戻る仕組みではありません。死亡時の扱いなども異なるため、本人の請求条件は建退共の窓口で確認します。
「うちで20年勤めた」という年数だけでは、実際の受取額は決められません。納付記録と制度上の条件を確かめてから説明すれば、社長が受取日や金額を先に約束してしまうことを防げます。
建退共に加入済みなら、退職金規程はなくても大丈夫ですか?
採用面接で「退職金はあります」と伝え、社長は建退共だけを思い浮かべていた。職人は、建退共とは別に会社からも退職金が出ると考えていた。加入の手続きだけでは、こうした受け止め方の違いは埋まりません。
規程では、建退共の給付と会社の退職金の関係を説明する必要があります。今の状態を、次のように点検してください。
| 今ある記載・運用 | 説明できないこと | 整理すること |
|---|---|---|
| 建退共には加入しているが規程がない | 誰を対象に、何を退職金としているか | 制度の対象者と会社の約束 |
| 「退職金を支給する」とだけ書いてある | 建退共だけか、会社の別払いもあるか | 共済給付と自社支給の関係 |
| 勤続年数別の支給表があるが建退共への言及がない | 表の額に建退共分を含むか | 支給表と共済給付の整合 |
| 建退共を退職金とする記載はあるが納付記録が不明 | 規程どおりに掛金を納めているか | 就労記録と納付記録の照合 |
「支給する」の一文だけから、金額や自社の追加負担まで一律には決められません。規則全体、本人との契約、入社時の説明、過去に退職した人への支払資料をそろえて確認します。
ここで、今の規則をすぐ「建退共だけ」に書き換えるのは避けてください。これまでの約束と、新しく作りたい制度を先に分けて整理します。退職者との金額の争いがある場合は、交渉などについて弁護士に相談することも必要です。
社長の頭の中にある「退職金あり」を文書で共有できれば、入社面談でも退職の面談でも、同じ説明ができるようになります。
建退共を使う退職金規程と、自社の上乗せはどう書けばよいですか?
白紙に戻して新しい制度を設計するなら、最初に決めたいのは「建退共の給付を退職金の全部とするか」「会社が別に上乗せするか」です。上乗せを考えるときも、最初から金額を書き始める必要はありません。
建退共のみを利用する設計なら、条文の中心は次のようになります。
規定例①:建退共の給付を退職金とする場合の条文イメージ 会社は、本規程の対象となる建設現場の労働者について、建設業退職金共済制度を利用し、同制度から支給される額をもって退職金とする。会社独自の上乗せ退職金は支給しない。給付の条件、額、支払方法及び支払時期は、同制度の定めによる。
これは完成した退職金規程ではありません。自社に合わせて調整し、対象者の範囲、加入・掛金納付、請求手続きの案内なども定めます。会社の退職日に自動的に給付される意味ではないことも、本人に説明してください。
会社の上乗せを設けるなら、建退共の支給額とは別に計算できる形にします。
規定例②:自社の上乗せを設ける場合の条文イメージ 会社は、建設業退職金共済制度による給付とは別に、別表で定める対象者に上乗せ退職金を支給する。その額は別表の計算方法により算定し、同表で定める支払方法及び支払時期に従い支給する。
この例も自社に合わせた調整が必要です。別表を作らずに条文だけ採用しても、金額は決まりません。 別表には対象となる条件、勤続期間の数え方、金額の計算方法、端数の扱い、支払方法と時期を具体的に記載します。建退共の受給時期と、自社の上乗せを払う時期も区別してください。
中小の建設会社で上乗せ額を考えるときは、仮の計算表を作り、現在の従業員に当てはめます。「ベテランが続けて退職したら、いくら必要か」「その資金をどう用意するか」まで確認してから約束する順番です。業界相場の数字をそのまま自社の支給表にする必要はありません。
なお、規定例①は、過去の約束や掛金の納付漏れを解消するための免責条項ではありません。既存の規程がある会社は、その内容を確認してから採用の可否を検討します。
会社が続けて負担できる条件を先に決めれば、社長は退職のたびに金額を考え直さずに済みます。職人にも、建退共分と会社の上乗せ分を分けて示せます。
中退共と建退共は、何が違い、両方に加入できますか?
現場の職人と、本社で請求書を作る事務員。同じ会社の従業員でも、建退共の対象になるとは限りません。制度名が似ている中退共も含め、まず「誰の退職金を用意するか」で整理します。
| 比較する点 | 建退共 | 中退共 |
|---|---|---|
| 制度の対象 | 建設現場で働く労働者のための制度 | 中小企業の従業員のための制度 |
| 掛金の納め方 | 就労日数に応じ、証紙または電子申請で納付 | 事業主が毎月の掛金を金融機関に納付 |
| 退職金の支払 | 建設業から離れるなどの制度上の条件を満たした本人等へ直接支給 | 従業員の退職時に制度に基づき本人へ直接支給 |
中退共の仕組みは、中退共本部の制度概要で確認できます。どちらも加入条件を確認する必要がありますが、同じ人を建退共と中退共に重複加入させることはできません(※2026年9月時点)。上乗せのために同じ職人を両方に入れる、という設計はできません。
建退共は、現場で働く労働者なら日給制・月給制を問いません。一方、役員報酬を受ける人や、本社等の事務専用社員は加入対象外です。「従業員は全員建退共」と一文で済ませず、名簿に実際の仕事内容と加入制度を書き添えてください。
一人親方を社員にする場合も、既存の加入状況と社員化後の仕事内容を確認します。雇用条件を整える手順は、一人親方を従業員として雇い直すときの準備で詳しく扱っています。
名簿と規程の対象者がそろえば、新しい事務員を採用するときも、職人を社員にするときも、退職金の説明が抜けなくなります。
証紙の貼り忘れや手帳の未交付は、どう防げばよいですか?
月末、現場の日報はそろっているのに、机の引き出しには貼っていない証紙が残っている。事務担当者が休むと、どこまで処理したか社長には分からない。この状態を防ぐには、「加入済み」のチェックだけでは足りません。
おすすめは、月末の締め作業に次の照合を組み込むことです。以下は社内運用の提案です。
- 入社時に手帳を確認する:既存の手帳の有無、加入制度、手帳番号、保管場所を記録します。新規の手帳についても、手続き中・到着済み・本人への説明済みを区別します。
- 現場別の就労日数を集める:誰がどの現場で何日働いたかを日報から整理します。元請からの証紙の受領状況や電子申請の処理状況も確認します。
- 納付済みかを照合する:証紙は購入・受領で終わらず貼付まで、電子申請は実績の登録だけでなく掛金への充当まで確認します。方式が混在する月も、同じ就労分の漏れや重複がないか見ます。
- 未処理分と担当を残す:「確認待ち」の理由、問い合わせ先、次に処理する人を一覧にします。社長は未処理欄を確認し、担当者が不在でも追えるようにします。
- 本人への引渡しと更新を管理する:会社で手帳を預かる場合は、預かり状況と本人への返却・引渡しの記録を残します。退職時は手帳や必要書類を本人に渡したかまで確認します。
手帳の管理では、証紙の空欄だけでなく更新時期も見ます。表紙に「次回更新時期」が記載された共済手帳はその時期が来たとき、記載のない手帳は交付日から2年を経過したときに、証紙を貼り終えていなくても更新手続きを行います(※2026年9月時点)。
すでに貼り忘れが疑われる場合は、手元の証紙を感覚で貼って済ませず、就労記録、受領記録、過去の納付状況を突き合わせます。不明な期間を一覧にして、建退共の窓口に対応を確認してください。
建退共への加入・履行は、公共工事の入札に関わる経営事項審査で加点評価されます。評価項目の全体像は、経審のW点と社会保険・退職金制度の整備をご覧ください。
毎月の確認が済んでいれば、退職の申し出があった夜に何年分もの日報を探さずに済みます。元請から確認を求められたときも、記録を見ながら答えられます。
いまの退職金を見直すなら、何から手を付ければよいですか?
冒頭の社長が今夜そろえるのは、就業規則・退職金規程、本人の雇用契約、建退共の手帳と納付記録です。過去の退職者への支払資料があれば、それも一緒に並べます。
まず既存の約束を確認し、次に納付状況を確かめ、そのうえで今後の制度を決めます。「建退共に入っているから大丈夫」とも、「規則が曖昧だから上乗せは不要」とも、資料を見る前に結論を出さないことです。
退職金を整えることは、辞める人への対応だけではありません。今いる職人に、将来の処遇を説明する材料にもなります。休日や手当も含めた考え方は、職人が辞めない会社の労働条件の作り方で整理しています。
中峯社労士事務所では、建設業の就業規則作成・改定を顧問の基本料金内で行っています。Zoom30分の無料相談で、現在の規程と建退共の利用状況をもとに、自社の場合に何を整理するかを一緒に確認できます。「退職金はいくらですか」と聞かれたときに、規程と記録を開いて説明できる状態から作っていきましょう。最新の制度や金額は、必ず公式サイトでご確認ください。
参考(一次情報)
- 労働基準法(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- 退職金はいくら支払う?(茨城労働局): https://jsite.mhlw.go.jp/ibaraki-roudoukyoku/yokuaru_goshitsumon/jigyounushi/jigyounushi_d/qa_jtaisyokukin.html
- 建設業退職金共済制度の概要(国土交通省・建設業退職金共済事業本部): https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/ccus_kentaikyo_kentaikyoseido.pdf
- 建退共の退職金について(建設業退職金共済事業本部): https://www.kentaikyo.taisyokukin.go.jp/kyousaisya/taisyokukin/how/
- 建退共の加入条件(建設業退職金共済事業本部): https://www.kentaikyo.taisyokukin.go.jp/faq/hikyousaisya/taisyousya/
- 中退共制度の概要(中小企業退職金共済事業本部): https://chutaikyo.taisyokukin.go.jp/kentou/seido/seido01.html
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