古い最低賃金のままの時給を、総支給額は変えずに基本給と固定残業代の組み替えで直した事例
「毎月の総支給額はきちんと払っている。なのに社員3名の時給が、古い最低賃金のままだった」
総支給額が十分でも、固定残業代を含む残業代や通勤手当などを除いた賃金を1時間あたりに直した額が最低賃金を下回れば、違反です。大阪の電気設備工事の会社では、時給が古い最低賃金のまま据え置かれた社員が3名いたため、総支給額は変えずに基本給を上げて固定残業代を減らし、固定残業代でまかなえる時間を超えた月は差額を別に払う運用に整えました。社員にとっては、総支給額が下がらずに、基本給と残業代の単価が上がる直し方です。
→ 自社の場合はどうなる? Zoom30分・無料相談で個別に整理できます給料日の前の晩。現場から戻った社長が、事務所の机で給与明細を1枚ずつめくる。基本給、固定残業代、通勤手当。総支給額は先月と同じで、今月も遅れずに振り込める。テレビで「最低賃金が上がります」と流れても、「あれはアルバイトの話。うちは毎月しっかり払っている」と、そのまま電卓をしまう——電気工事に限らず、建設会社の社長なら覚えのある場面だと思います。
ところが、その明細には、最低賃金と比べる時に入れてはいけないお金が混ざっています。固定残業代(毎月決まった額で先に払っておく残業代)です。総支給額をしっかり払っていても、最低賃金を割っていることがあります。 最低賃金を満たしているかは、固定残業代を含む残業代を除いた賃金で判定するからです(最低賃金法4条3項・同法施行規則1条)。
ご相談の内容
大阪府の電気設備工事の会社からのご相談です(2026年)。
時給が古い最低賃金のまま据え置かれていた社員が、3名いました。3名の給与には、基本給とは別に固定残業代が付いていました。
最低賃金が上がっても、給与計算の上の時給や基本給は、会社が見直さない限りそのままです。決めた時は最低賃金どおりでも、据え置いたままなら、最低賃金が上がった時点で下回ります。
そのままだと、何が起きていたか
最低賃金を下回る部分は、本人が納得して働いていても、法律上は最低賃金で約束したことになります(最低賃金法4条2項)。つまり差額は、払っていない賃金として毎月残り続けます。3名いれば、3名分です。
払っていない賃金は、過去3年分までさかのぼって請求されることがあります(※2026年10月時点)。地域別最低賃金を下回ると、50万円以下の罰金の対象にもなります(最低賃金法40条)。辞めた社員からの請求や、労働基準監督署の調査で、初めて表に出ることもあります。請求への備えは建設業の未払い賃金リスクと今すぐの備えにまとめています。
「ちゃんと払っているつもりだった」と感じる社長は少なくありません。それは当然の感覚です。給与は、誰かが見直さない限り、先月と同じ額で回り続けます。総支給額が変わらず、社員からも何も言われなければ、気づくきっかけがないだけです。
そして、もう1つの思い込みがあります。「最低賃金に合わせるなら、給料を上げるしかない」。最低賃金を直すのに、総支給額を上げなくていい場合があります。 固定残業代を払っている会社なら、その中身を組み替えるという手があるからです。この事例で行ったのも、その形です。
当事務所の対応
直したのは、給与の総額ではなく、その中身の並べ方です。
- 総支給額は変えない。 3名の総支給額は、そのままにしました。
- 基本給を上げる。 最低賃金を下回らない額まで、基本給を引き上げました。
- 上げた分、固定残業代を減らす。 総支給額が変わらないよう、固定残業代を減らしました。
- 超えた月は、差額を別に払う。 固定残業代でまかなう時間が短くなるので、その時間を超えた月は差額を別に払うよう、運用面も整えました。
4つ目まで手を打つのが、この直し方の大事なところです。基本給を上げると、1時間あたりの賃金が上がり、残業代の単価(1時間あたりの賃金の1.25倍以上)も上がります(労働基準法37条・同法施行規則19条)。一方で、固定残業代の額は下がります。単価が上がって額が下がるので、同じ固定残業代で払える残業の時間は、前より短くなります。 ここに手を打たないと、最低賃金は直ったのに、今度は残業代が足りない月が出てしまいます。
当事務所は、小規模の建設会社には固定残業代を原則として勧めていません(土曜日まで勤務が決まっている事業所には勧めています)。それでも、すでに固定残業代を払っている会社では、この事例のように社員の総支給額を下げずに、法律に合う形へ中身を直します。法律に合わせることと、社員の総支給額を守ること。この2つを両立させる直し方を、建設業に特化した事務所として組み立てました。
気をつけたいポイント
同じ直し方をする会社が、つまずきやすい所が3つあります。
最低賃金と比べるのは「残業代を除いた額」
比べるのは、毎月払う基本的な賃金です。固定残業代を含む残業代、通勤手当・家族手当・皆勤手当、賞与は外します。月給なら、残った額を1年間の1か月平均の所定労働時間(会社が決めている、残業を含まない働く時間)で割って、1時間あたりに直します(最低賃金法4条3項・同法施行規則1条・2条)。厚生労働省の計算例でも、時間外手当を差し引いてから時給に直しています。
最低賃金は改定されます。令和8年度の最低賃金の改定(大阪府は10月1日から1,231円。日付は都道府県ごとに違います)のように額が変われば、この計算をやり直します(※2026年10月時点)。
仕組みを見るための仮の数字で確かめます(この事例の会社の数字ではありません)。1か月平均の所定労働時間が170時間、総支給額260,000円=基本給190,000円+固定残業代70,000円の社員がいたとします。
- 総支給額で割ると、260,000円÷170時間=約1,529円。最低賃金を楽に超えて見えます。
- ところが、比べるのは基本給だけです。190,000円÷170時間=約1,118円で、大阪府の1,231円を下回ります。
- 基本給を1,231円×170時間=209,270円に上げ、固定残業代を50,730円に減らせば、総支給額は260,000円のままです。
- このときの残業代の単価は、1,231円×1.25=約1,539円。50,730円でまかなえるのは約32.9時間分で、33時間にはわずかに届きません。規程で時間数を決める時は、端数を切り捨てた時間数で示します。時間外がそれを超えた月は、差額を払います。
(他の手当や深夜・休日の労働はなく、端数は考えない単純な仮定です。)
日給の職人の計算と都道府県ごとの額は、日給の職人は最低賃金を割っていない?にまとめています。深夜割増を単価に組み込んだ出来高払いでも、割増を除いた通常の分だけで最低賃金と比べる点は同じです(深夜の出来高払いを直接雇用へ切り替えた事例)。
組み替えは「向き」と「説明」が大事
総支給額を変えずに中身を組み替える時は、向きに注意が要ります。最高裁は、ある運送会社の賃金体系を、残業代の支払いとは認めませんでした(熊本総合運輸事件・2023年)。賃金総額の決め方は変えないまま、それまで通常の賃金だった部分を残業代の名目に置き換えた形でした。この事例の直し方はその逆で、固定残業代から基本給へ戻す向きです。
それでも、賃金の内訳が変わることに変わりはありません。同じ組み替えをするなら、何がどう変わるのかを先に本人へ説明し、合意を取ったうえで(労働契約法8条)、新しい基本給と固定残業代の額・時間数を書面で確かめ合っておきます。同意書に名前を書いてもらうだけでなく、変わる内容を先に説明しておくことが大切です(山梨県民信用組合事件・最高裁・2016年)。社員への説明に不安がある場合は、当事務所が説明会を開くこともできます(別料金・1回50,000円・税別・※2026年10月時点)。従業員が常時10人以上の会社は、賃金規程を変えた時も、過半数で組織する労働組合(無ければ従業員の過半数代表者=従業員の半数を超える人に選ばれた代表)の意見を聴いて労働基準監督署へ届け出て、従業員に周知します(労働基準法89条・90条・106条)。説明と同意の進め方は手当・日当を下げる就業規則の不利益変更で整理しています。
固定残業代は「分けて書く」「超えたら払う」
固定残業代が残業代の支払いと認められるには、基本給の部分と残業代の部分が、規程や給与明細ではっきり分かれていることが前提です。固定残業代の時間を超えた月の差額は、その月の賃金として払うのが原則です(労働基準法24条)。
そのために、毎日の始業と終業の時刻を記録し、賃金台帳には時間外の時間数と、基本給・固定残業代の額を分けて書いておきます(労働基準法108条)。規程と明細の書き方は、建設業の固定残業代の決め方と就業規則の記載例で詳しく扱っています。これから残業代の扱いを組み直す会社が、補填に固定残業代を使わない方針で設計している例は、移動時間で36協定の上限が迫る造園・土木会社の事例にあります。
この形にすると、社長と社員の毎日がどう変わるか
給料日の前の晩、事務所の机で明細を1枚ずつめくる。その手元が、こう変わります。
まず、内訳が変わることを社員に先に説明し、納得したうえで合意してもらう流れを、自信を持って踏めます。
最低賃金の改定のニュースが流れても、もう胸がざわつきません。確かめ方は、基本給を1か月平均の所定労働時間で割ることと、固定残業代でまかなえる時間を計算し直すことの2つです。新しい額を当てはめれば、それで済みます。
給料日には、明細を指して社員に説明できます。「基本給はここ。固定残業代はここで、何時間分。超えた月は、この欄に足して払っている」。
明細を受け取る社員の側から見ても、給料日はこう変わります。総支給額は、これまでと同じです。その中で、基本給の欄が最低賃金を下回らない額まで上がり、その分だけ固定残業代の欄が下がっています。基本給が上がったので、残業代の1時間あたりの単価も上がります。竣工前の追い込みで残業が固定残業代の時間を超えた月は、その差額が別の欄に足されて支払われます。何時間までが固定残業代で、そこから先がいくら足されたのか。自分の給料の中身を、自分の明細で確かめられるようになります。
次に人を採る時も、求人票に書くべき3つ(基本給・固定残業代の時間数と金額・超えた分は追加で払うこと=厚生労働省が明示を求めている3点)で迷いません。給料の中身を隠さずに見せられる会社として、募集を出せます。
総支給額は変えずに、これから先の最低賃金と残業代の心配が片付いている。それが、この直し方の行き着く先です。下回っていた過去の期間の分は、記録をそろえて別に確かめます。
賃金規程の見直しは、建設業の就業規則作成の中で、顧問契約の基本料金内で行っています。顧問契約がない場合も、就業規則の作成や過去の残業代の差額の計算は、スポット(1時間15,000円・15分単位・税別)でお受けしています(※2026年10月時点)。
御社も同じ状態か、3つで確かめてください
- 給与明細に固定残業代(みなし残業代)の欄があり、基本給をしばらく見直していない社員がいる
- 月給の社員について、基本給に毎月決まって払う手当を足した額(固定残業代などの残業代と、通勤手当・家族手当・皆勤手当は除く)を1か月平均の所定労働時間で割ると、1,231円に届かない。または、割ったことがない(大阪府・10月1日から。他の都道府県は額と日付が違います・※2026年10月時点)
- 固定残業代が何時間分か、超えた月にいくら足して払うかを、規程や明細で示せない
1つでも当てはまれば、一度、給与の中身を確かめてください。最低賃金を下回る月が続くほど、さかのぼる差額は積み上がっていきます。
固定残業代を払っている会社なら、総支給額は変えずに、これから先の最低賃金と残業代の心配を一度に片付け、過去の分も記録から確かめる道があります。最低賃金のニュースを聞いても、給料日の前の晩に電卓を持ち直さなくていい毎月へ。御社の基本給と固定残業代の内訳を、Zoom30分の無料相談で一緒に確かめましょう。
社員の方で、ご自分の給与明細が気になってこのページを読まれた方は、社長に見せていただくのがいちばんの近道です。ご相談は会社からお受けしています。
参考(一次情報)
- 大阪府の最低賃金 令和8年10月1日から時間額1,231円(大阪労働局): https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/saichin2026kaisei.html
- 最低賃金額以上かどうかを確認する方法(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/chingin/newpage_43899.html
- 固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。(厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク): https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000184068.pdf
- 熊本総合運輸事件・令和4年(受)第1019号、令和5年3月10日判決(最高裁判所): https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-91858.pdf
よくあるご質問
※ 実際にお受けしたご相談をもとに、事業所が特定されないよう内容を一般化して掲載しています。対応の内容は、会社の規模・契約形態・現場の実態によって変わります。
「うちも、これと同じ状態です」
同じご相談でも、会社の規模と現場の回し方で打ち手は変わります。まずは御社の今の形をお聞かせください。図面を見ずに見積もれないのと同じで、そこからでないと正確なことは申し上げられません。
ご相談で最も多いのは、社長が現場に出ている従業員5〜10人の建設会社さまです。
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