職人に「社会保険に入りたくない」と言われたら|同意書が効かない理由・建設国保・手取り
法人に常時使用される職人は、本人が拒んでも厚生年金(70歳未満)と健康保険(75歳未満)に加入し、「入りません」という誓約書に効力はありません。建設国保の組合員は、14日以内に適用除外の承認を受ければ健康保険だけ残せます(厚生年金は加入)。手取りは額面ではなく、今払っている国保と国民年金(令和8年度は月17,920円)と比べます。
→ 自社の場合はどうなる? Zoom30分・無料相談で個別に整理できます従業員7人の型枠工事の会社。夕方、現場から戻った職人が、事務所の机の前で首を横に振ります。「社保はええわ。引かれるくらいなら、その分日当でくれ。あかんのやったら一人親方にしてくれ。無理なら、よそ行くわ」。入って10年、段取りを任せている30代の職人です。机の上には、元請から戻ってきた作業員名簿。健康保険の欄に「国民健康保険」、年金の欄に「国民年金」と書いた行に、赤い丸が付いています。
社長の言葉が止まるのは、手続きが面倒だからではありません。家族を養う職人の手取りが本当に減るなら、無理に入れとは言いにくい。その迷いは、職人の暮らしを本気で心配している証拠です。ただ、行き詰まりはたいてい比べる相手の取り違えです。比べるべきは「今の額面」と「引かれた後の手取り」ではなく、「今その職人が自分で払っている国保と国民年金」と「社会保険の本人負担」です。この記事では、加入を外せない理由、建設国保に残れる条件、手取りの比べ方と戻ってくるもの、「一人親方にしてくれ」「よそ行くわ」への答え方を、職人にそのまま見せられる数字でまとめます。
一人親方を従業員として雇い直す手順は一人親方を従業員として雇い直す|移行の手順・タイミングで解説しています。この記事は、雇う職人に加入そのものを断られた場面を扱います。

職人が「入りたくない」と言えば、社会保険に入れなくていいですか?
いいえ。法人で常時使用される70歳未満の職人は、本人が拒んでも厚生年金の被保険者になり、75歳未満なら健康保険にも入ります。「社会保険には入りません」という同意書や誓約書を取っても、効力はありません。
日本年金機構は、法人の事業所を社長1人だけの場合も含めて適用事業所とし、「被保険者となるべき従業員を使用している場合は、必ず加入手続きをしなければいけません」と案内しています。加入は、雇った日に法律の効果として始まります(健康保険法35条・厚生年金保険法13条)。本人と会社の合意で外す仕組みはなく、同意が出てくるのは、加入義務のない事業所が任意に加入を申請するときだけです。
| 会社の形 | 健康保険・厚生年金 | 本人の同意で外せるか |
|---|---|---|
| 法人(社長1人だけでも) | 加入が義務 | 外せない |
| 個人事業で、常時5人以上を雇う建設業 | 加入が義務 | 外せない |
| 個人事業で、常時5人未満 | 義務はない(従業員の半数以上の同意を得て任意に加入できる) | ― |
対象は正社員の4分の3以上の時間と日数で働く人で、試用期間中の見習いも、年金をもらいながら働く60代も含まれます。雇用保険も強制保険で、週20時間以上・31日以上続けて雇う見込みがあれば加入です(雇用保険法6条)。
会社には、資格取得届を日本年金機構(事務センターまたは年金事務所)へ出す義務があり(健康保険法48条・厚生年金保険法27条)、期限は雇った日から5日以内です(健康保険法施行規則24条・厚生年金保険法施行規則15条)。正当な理由なく届け出なければ、どちらの法律でも「六月以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金」の対象です(健康保険法208条・厚生年金保険法102条)。後から加入させる場合も、加入は本来の日にさかのぼり、保険料は時効にかからない最大2年分をまとめて納めることになります(健康保険法193条・厚生年金保険法92条)。
さかのぼった分も本人負担分を含めて会社が納める義務を負い、給料から天引きできるのは前月分だけです(健康保険法161条・167条、厚生年金保険法82条・84条)。誓約書は会社を守ってくれません。だから話の出発点は「入るかどうか」ではなく、「入ったうえで、職人の暮らしがどうなるか」です。
建設国保に入っている職人は、そのまま建設国保に残れますか?
残せるのは健康保険だけで、条件は「建設国保の組合が認めること」と「加入の日から14日以内に年金事務所へ適用除外の承認を申請し、認められること」です。対象は原則として今すでに組合員の職人で、厚生年金は建設国保に残っても外せません。
根拠は健康保険法3条1項8号の承認です。会社は資格取得届と一緒に「健康保険 被保険者適用除外承認申請書」を出します。日本年金機構は、この届出は「国民健康保険組合の理事長が認めた場合に限られており、事実発生日から14日以内に提出する必要があります」と案内しています(過ぎると遅延理由書が要ります)。
原則は「今の組合員が残る」ための手続きです。たとえば全国建設工事業国民健康保険組合は、すでに加入している人は承認を受ければ引き続き加入できる一方、「法人事業所及び常時5人以上の従業員がいる事業所の新規加入はできません」としています(資格・適用のご案内)。ただし、すでに適用除外の承認を受けている事業所に新しく雇われた人は加入できる、とする組合もあります(広島県建設国民健康保険組合)。要件は組合ごとに違うため、職人が入っている組合と年金事務所の両方に確認してください。
| 職人の今の状態 | 入った後の健康保険 | 厚生年金 | 気をつけること |
|---|---|---|---|
| 建設国保の組合員で、14日以内に適用除外の承認を受けた | 建設国保のまま | 加入する | 国交省のガイドラインでも「適切な社会保険に加入している者」 |
| 建設国保の組合員だが、承認を受けていない | 協会けんぽなど会社の健康保険 | 加入する | 「建設国保+国民年金」のままだと名簿で指導の対象 |
| 市町村の国保に入っている | 協会けんぽなど会社の健康保険 | 加入する | 世帯主が国保をやめる届出を14日以内に |
建設国保は保険料を下げる抜け道ではなく、期限つきの正規の手続きです。雇う前に「今、建設国保に入っているか」を聞いておけば、14日を過ぎて慌てずに済みます。
社会保険に入ると、職人の手取りは月いくら減りますか?
日給13,000円で月22日働く大阪の30代の職人(架空の例)なら、給料から引かれる社会保険料は月41,840円です。ただし、比べる相手は額面ではありません。今その職人が自分で払っている国保と国民年金(令和8年度は月17,920円)です。
月の給料は13,000円×22日=286,000円で、協会けんぽ大阪支部の保険料額表では、標準報酬月額(保険料の計算に使う、給料を区切りのいい額に当てはめた月額)28万円の等級(27万円以上29万円未満)に入ります。2026年度の料率(※2026年9月時点)で計算すると、本人負担は次のとおりです。
| 保険 | 料率(本人と会社の合計) | 本人負担(月) |
|---|---|---|
| 健康保険(協会けんぽ大阪) | 10.13% | 14,182円 |
| 子ども・子育て支援金 | 0.23% | 322円 |
| 厚生年金 | 18.3% | 25,620円 |
| 雇用保険(建設の事業) | 16.5/1,000(本人は6/1,000) | 1,716円 |
| 合計 | 41,840円 |
雇用保険は給料286,000円×6/1,000、ほかは標準報酬月額×料率÷2です。40〜64歳は介護保険料(1.62%)が加わり、健康保険は16,450円。税金の変化は含めていません(税額は税理士へ)。
厚生年金に入ると、職人は国民年金の第2号被保険者(会社員として厚生年金に入っている人)になり、国民年金の保険料を別に納める必要がなくなります(国民年金法7条・94条の6)。健康保険に入れば国保もやめます。つまり社会保険に入るとは、今ひとりで払っている国保と国民年金を、会社が半分を持つ保険に切り替えることです。健康保険・支援金・厚生年金の3つ(合計40,124円)で比べると、こうなります。
| 独身の職人 | 妻と子ども2人を養う職人 | |
|---|---|---|
| 今の支払い(月) | 国保(1人分)+国民年金17,920円 | 国保(4人分)+国民年金35,840円(本人と妻の2人分) |
| 社会保険に入った後(月) | 40,124円 | 40,124円(妻と子の保険料は0円) |
| 社会保険のほうが軽くなる境目 | 今の国保が月22,204円を超えていれば | 今の国保が月4,284円を超えていれば |
家族のいる職人ほど軽くなりやすいのは、国保が「世帯の被保険者ごとに」保険料を計算して合計するのに対し、健康保険は本人の標準報酬月額だけで決まり、扶養家族が何人でも増えないからです。国保の額は職人の手元の納付通知書で確かめてください。
手取りが実際に減る場合もあります。
- 国民年金を払っていなかった職人は、厚生年金の25,620円がそのまま新しい負担になります(その代わり将来の年金と、障害・死亡のときの保障が付きます)。
- 国保の軽減(均等割・平等割の7割・5割・2割)を受けている所得の低い世帯は、負担が増えることがあります。
- 妻の年収が130万円以上なら第3号被保険者(扶養されて国民年金の保険料を納めなくてよい配偶者)にはならず、妻の分の国民年金と国保は残ります。
- 雇用保険の1,716円は、雇用保険に入っていなかった職人には新しい負担です。
表にすると、職人の「引かれるくらいなら」は、「今払っている分と、どちらが重いか」という話に変わります。社長は、その職人の数字を入れた表を1枚、机に置けばいいのです。
社会保険に入ると、職人に何が戻ってきますか?
同じ例の職人なら、仕事以外の病気やケガで休んだときに4日目から1日6,220円の傷病手当金が通算1年6か月まで出て、厚生年金に1年入るごとに、原則65歳からの年金がおよそ年1万8千円ずつ上乗せされます(賞与なし・1年以上加入の目安)。
| 場面 | 国保・国民年金のまま | 社会保険に入ると |
|---|---|---|
| 仕事以外の病気・ケガで働けない | 傷病手当金は、市町村や組合が条例・規約で定めた場合だけ | 4日目から、標準報酬月額(直近12か月の平均)の30分の1の3分の2(例では1日6,220円)を通算1年6か月まで |
| 女性の職人が出産で休む | 出産手当金も同じく任意 | 出産の日以前42日(双子以上は98日)から産後56日まで出産手当金 |
| 家族の保険料 | 国保は家族一人ひとりにかかり、妻も国民年金を払う | 扶養する家族の健康保険料は0円、第3号の妻は国民年金保険料0円 |
| 老後の年金 | 老齢基礎年金だけ | 老齢基礎年金に老齢厚生年金が上乗せ(例では1年加入で年およそ1万8千円) |
| 障害が残ったとき | 障害基礎年金(1級・2級だけ) | 障害厚生年金(1〜3級)も。加入が短くても300月として計算し、3級でも年635,500円の最低保障 |
| 亡くなったとき | 遺族基礎年金(子のある配偶者か子だけ) | 遺族厚生年金も。子のない妻や父母なども対象になりうる(年齢などの条件あり) |
※年金額は令和8年度の額(※2026年9月時点)。老齢厚生年金の上乗せは28万円×5.481/1000×12か月の目安で、実際の額は再評価などで変わります。
仕事中・通勤中のケガや病気は、社会保険とは別の労災保険の対象です。雇われている職人なら社会保険に入るかどうかに関係なく適用され、保険料は職人の負担なし(事業主の全額負担。下請として入る現場では元請の労災)です(労災保険法3条・労働保険徴収法8条・31条)。「ケガしたら労災があるから、社保はいらん」という声には、「労災が出るのは仕事中・通勤中のケガや病気だけ。休みの日のケガや私生活の病気で働けないときに給料の代わりになるのは、健康保険の傷病手当金」と返せます。
月41,840円は消えるお金ではなく、休んだ日の日当の代わりに、家族の保険料に、老後と万一の年金に、形を変えて職人の側に残ります。
「一人親方にしてくれ」「よそ行くわ」と言われたら、どう答えればいいですか?
契約の名前を一人親方や2か月契約に変えても、働き方が雇用なら社会保険の対象のままで、よその会社に移っても元請の現場に入るには社会保険が要ります。
「一人親方にしてくれ」と言われたら
日本年金機構は、使用関係を「雇用契約書の有無などとは関係なく」判断すると案内しています。国土交通省の社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン(令和7年12月10日改訂)も、経費を減らす目的で雇っていた労働者と請負契約を結ぶことは、実態が労働者なら「偽装請負として職業安定法…等の労働関係法令に抵触するおそれ」があるとし、10代や経験3年未満の技能者が一人親方として扱われている例を、雇用が疑われる例に挙げています。
職人本人にも得ではありません。同じガイドラインは、請負の一人親方は国民年金の受給額が厚生年金より少なくなる可能性が高く、失業給付などの対象からも外れるとしています。仕事中のケガも、労災保険に特別加入していなければ補償の対象外です(労災保険法33条)。働き方が雇用に当たるかどうかは偽装請負にならないための一人親方契約チェックリストで確かめられます。
「2か月だけの契約にしてくれ」と言われたら
2か月以内の契約でも、超えて使う見込みがあれば契約の最初から加入です。日々雇う形でも、1か月を超えて続けて使えばその日から加入です(日本年金機構「適用事業所と被保険者」)。契約の期間だけ短く書いて外すことはできません。
「よそ行くわ」と言われたら
移った先が元請の現場に入る会社なら同じです。下請指導ガイドラインは、法人の作業員の名簿が「国民健康保険」「国民年金」なら元請が下請に加入を指導するとし、保険加入を確認できない作業員は、特段の理由(特殊な技能、加入手続き中、災害時の緊急工事など)がない限り現場入場を認めない扱いとしています。建設業の許可・更新でも、2020年10月から社会保険の加入が要件です(国土交通省)。名簿で差し戻されたときの直し方は元請けから「社会保険に入って」と言われたらにまとめています。
会社が負担する保険料は、どこから出せばいいですか?
同じ例の職人1人で、会社負担は月44,135円(給料のおよそ15%)です。この分は法定福利費として見積書に別枠で書き、工事代金の中で手当てするのが、国のガイドラインが示す筋道です。
| 保険 | 会社負担(月) |
|---|---|
| 健康保険 | 14,182円 |
| 子ども・子育て支援金 | 322円 |
| 厚生年金 | 25,620円 |
| 子ども・子育て拠出金(0.36%・全額会社) | 1,008円 |
| 雇用保険(建設の事業・10.5/1,000) | 3,003円 |
| 合計 | 44,135円 |
架空の例(大阪・30代で介護保険なし・2026年度の料率)です(※2026年9月時点)。下請として入る現場の労災保険は元請が事業主(労働保険徴収法8条)のため、入れていません。
下請指導ガイドラインは、社会保険の保険料を「建設業者が義務的に負担しなければならない法定福利費」とし、下請は見積書に載せて提出し、元請はその見積書を尊重して契約するよう求めています。見積書への書き方と率の出し方は法定福利費を内訳明示した見積書の作り方で解説しています(介護保険の対象者も含めた目安は、労務費のおよそ16%)。
避けたいのは、会社負担の分を日当の引き下げで埋めることです。保険料は本人と会社が半分ずつと法律で決まっており(健康保険法161条・厚生年金保険法82条)、日当を下げれば「だから入りたくなかった」に逆戻りします。そもそも日当や手当を下げるのは労働条件の不利益変更にあたり、本人の同意か、就業規則の合理的な変更が要ります(労働契約法9条・10条)。日当の組み立てを見直すなら、手当・日当を下げる就業規則の不利益変更で手順を確かめてからにしてください。
見積に乗せておけば、会社負担は利益を削る出費ではなく、工事代金の中で手当てされる経費に変わります。
職人に「入りたくない」と言われたら、何から手を付ければいいですか?
最初の一歩は、職人ごとに今入っている保険を1枚に並べることです。そこから5つの順番で進めます。
- 今の保険を一覧にする:職人ごとに、市町村の国保か建設国保か、国民年金を払っているか、扶養する家族が何人いるかを書き出します。
- 建設国保の組合員を先に確かめる:適用除外の申請は加入の日から14日以内。組合と年金事務所に要件を確認します。
- 資格取得届を5日以内に出す:家族を扶養に入れるなら被扶養者(異動)届も5日以内に。妻の第3号被保険者の届出も同じ様式です。
- 本人に比較表を見せる:今の国保+国民年金と社会保険の本人負担を並べ、戻ってくるものを添えます。市町村の国保に入っていた職人には、世帯主が14日以内に国保をやめる届出をするよう伝えます(国民健康保険法施行規則13条)。
- 原資と賃金のルールを整える:法定福利費を見積書に載せて元請に出し、日当・手当の決め方を賃金規程に書いておきます。
次に「入りたくない」と言われたとき、社長が出すのは説得の言葉ではなく、その職人の数字が入った1枚の表です。話が「額面がいくら減るか」から「今払っている分と、どちらが重いか」に変わった瞬間、社長は元請と職人の板挟みから抜け出せます。
当事務所は建設業に特化し、一人親方から従業員への移行を毎月のように扱っています。資格取得届や建設国保の適用除外の申請は手続き業務として、料金は料金ページのとおりです。日当・手当のルールを書く賃金規程は就業規則の一部として、顧問の基本料金内で整えます(建設業の就業規則作成)。社会保険の手続きの全体像は建設業の社会保険にまとめています。Zoom30分の無料相談では、職人の一覧を前に、誰がどの保険に入るのか、建設国保に残れる人はいるのか、本人に見せる表の数字を一緒に整理できます。最新の制度や金額は、必ず公式サイトでご確認ください。
参考(一次情報)
- 適用事業所と被保険者(日本年金機構): https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150518.html
- 従業員を採用したとき(健康保険 被保険者適用除外承認申請書・日本年金機構): https://www.nenkin.go.jp/shinsei/kounen/tekiyo/hihokensha/20140718.html
- 社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン 令和7年12月10日改訂(国土交通省): https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001973950.pdf
- 令和8年3月分からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表 大阪支部(全国健康保険協会): https://www.kyoukaikenpo.or.jp/assets/R8_27osaka.pdf
- 令和8年度 雇用保険料率のご案内(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/content/001692566.pdf
- 国民年金保険料(日本年金機構): https://www.nenkin.go.jp/service/kokunen/hokenryo/hokenryo.html
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