一人親方が現場で亡くなったら、会社はいくら払うのか|事故前にやる3つの備え
一人親方は労働者ではないため、元請の労災保険の対象になりません。現場で死亡事故が起きると、公的な補償が動かないまま遺族からの損害賠償請求が会社へ直接向かい、逸失利益と慰謝料を合わせて数千万円規模になります。備えは3つで、一人親方労災保険(特別加入)の加入確認、請負の実態を書いた業務委託契約書、そして賠償額そのものを埋める使用者賠償責任保険です。3つとも事故の後からは間に合いません。
→ 自社の場合はどうなる? Zoom30分・無料相談で個別に整理できます昼前、携帯が鳴ります。現場の職長です。「社長、Tさんが足場から落ちました。今、救急車が来てます」。Tさんは、うちの社員ではありません。10年以上、うちの現場にだけ入ってくれている一人親方です。
数日後の葬儀の席で、社長はTさんの奥さんの隣に、見たことのない男性が座っているのに気づきます。差し出された名刺には、弁護士と書いてあります。
この記事では、一人親方が現場で亡くなったとき会社に何が起きるのか、そして電話が鳴る前にしか打てない3つの手を整理します。
一人親方の事故は、なぜ会社へ直接、請求が来るのですか?
建設業の労災保険は、現場ごとに元請がまとめて加入し、下請の職人まで一本で扱う仕組みです。だから下請の従業員がケガをすれば、まず労災が動く。社長は「労災でいけます」と言えます。
ところが一人親方は労働者ではありません。制度上は事業主で、元請の労災保険の対象に最初から入っていません。事故報告書を書きながら、社長は気づきます。「あれ、Tさんの分は、どこに出したらええんや」。出す先がないのです。
公的な補償が動かないまま、遺族が向き合う相手は保険ではなく会社になります。ここで持ち出されるのが安全配慮義務です。これは契約書の題名では決まりません。集合時刻を決め、作業の進め方を指示し、道具を貸していれば、雇用関係がなくても責任を問われます(安全衛生管理と就業規則、労災事故で問われる安全配慮義務)。
実際、会社はいくら払うことになるのですか?
死亡事故の損害賠償は3つの積み上げです。亡くなった方が生涯働いて得られたはずの収入(逸失利益)、本人と遺族の慰謝料、葬儀費用。働き盛りの職人ほど逸失利益が伸びるため、総額は数千万円から1億円を超える水準まで届きます。
ここで多くの社長が誤解しています。労災保険は、慰謝料を支払いません。労災が動く社員の事故ですら慰謝料は制度の外に残る。一人親方でその労災すら動かなければ、請求額はほぼそのまま会社へ向かいます。
従業員7人の会社で1年間に残る利益を思い浮かべてください。その金額を、ある日の昼前から数えて現金で用意できるでしょうか。会社が消えるかどうかは、事故の重さではなく、事故の前に何を準備していたかで決まります。備えは3つです。
備え① 一人親方労災保険に「入っているか」を確認できていますか?
一人親方は特別加入制度を使って自ら労災保険に入れます。手続きは一人親方団体を通じて行います。
- 制度としては:特別加入していれば、遺族補償給付や葬祭料が遺族に支給されます。
- 会社はどう有利になるか:会社が向き合う金額が、慰謝料などの上乗せ部分に絞られます。ゼロから全額を背負う状態とは決定的に違います。
- 社長の毎日はどう変わるか:「うちの現場に入る人は、全員に労災が付いている」と言い切れます。元請に加入状況を聞かれても、その場で答えられます。
落とし穴は「入ってる言うてたで」で止まっていることです。特別加入は年度で更新されるので、去年入っていた親方が今年も入っている保証はありません。毎年、加入証明書の写しを1枚もらって綴じる。それだけで、事故の夜に引き出しをひっくり返す時間が消えます。
備え② 業務委託契約書は、請負の実態を書けていますか?
「口約束でずっとやってきた」「ひな形に日付だけ入れて渡した」。この2つが、いちばん多い実態です。書くべき中身は決まっています。
- 請け負う工事の範囲と、完成させる責任の所在
- 報酬の決め方(働いた日数ではなく、出来高や完成を基準にする)
- 道具・材料を、どちらが負担するか
- 安全衛生上の責任を、どう分担するか
- 労災保険の特別加入を、契約の条件として求めること
ただし契約書は、請負に見せかけるための道具ではありません。実態が雇用であれば、何と書いてあっても雇用と判断されます。契約書を整えるのと同じ手で、現場の運用も請負として成立させてください(偽装請負にならないために:建設業の一人親方契約チェックリスト/一人親方と常用従業員が混在する会社が見直すべき契約実態)。
請求の席で最初にテーブルへ出されるのは契約書です。無ければ、「無い」という事実のほうが語られます。整っていれば、責任範囲の話が記憶ではなく文書から始まり、社長が夜中に「あのとき、どう言うたかな」と天井を見上げずに済みます。
備え③ 賠償額そのものに備える「使用者賠償責任保険」とは?
3つ目は、金額そのものを埋める手です。政府の労災から出る給付は法律で決まった範囲で、慰謝料は出ません。この制度で出る額と、実際に請求される額との差を引き受けるのが、使用者賠償責任保険(上乗せ労災)です。
- 制度としては:損害保険会社の商品で、労災の給付を超えて会社が負う賠償責任を補償します。
- 会社はどう有利になるか:数千万円の請求が来ても、会社の現金ではなく保険から支払われます。事故が、会社の存続の話になりません。
- 社長の毎日はどう変わるか:事故の夜に頭を使う対象が、金の工面ではなく遺族への対応と現場の再開になります。守るべき順番が狂いません。
ただし、必ず証券を確認してください。この保険は標準の設計だと自社の従業員が対象で、下請の労働者や一人親方まで含めるには補償範囲の設定や特約が要る商品が一般的です。保険料は年に一度の出費で、一度の死亡事故の賠償額と並べれば桁が二つも三つも違います。
なぜ「事故が起きてから」では、全部間に合わないのですか?
3つの備えには、共通点があります。どれも、後から遡れません。
- 特別加入は、事故の後に遡って加入できません。
- 保険は、加入前に起きた事故を補償しません。
- 契約書は、日付だけ遡らせて作れば、それ自体が新しい問題になります。
電話が鳴ってから打てる手は、一つもありません。着手は今日の午後にできて、今日の午後にしかできません。
やることは単純です。現場に入っている一人親方を名前で書き出し、横に欄を2つ作る。加入証明書の写しがあるか、契約書があるか。この2欄が全員分すぐ埋まる会社は、ほとんどありません。空欄が1人でもあれば、そこが、事故のとき会社の負担が丸ごと残る箇所です。
当事務所は建設業に特化した社労士事務所です。契約実態の仕分け、業務委託契約書の整備、特別加入の確認を毎年の手順として回す仕組みづくり、安全衛生の定めを含む就業規則の整備までを、顧問の基本料金内で進めています。保険の加入自体は保険会社の窓口になりますが、手元の証券が御社の現場の実態に合っているかは労務の側から点検できます。
社長が一人で抱える「もし今日、誰かが」という重さは、仕組みに変えれば軽くなります。実態が雇用に近い親方については一人親方を従業員として雇い直す手順を、労務全体の考え方は建設業の社会保険をご覧ください。Zoom30分の無料相談で、御社の名簿を前にした棚卸しから始められます。制度の取扱いは変わりますので、最新の内容は必ず公式サイトでご確認ください。
参考(一次情報)
- 労災保険への特別加入(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/kanyu.html
- 特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040324-6.html
- 労働者災害補償保険法(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000050
- 労働安全衛生法(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057
- 労働保険の適用・徴収(厚生労働省): https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/hoken/index.html
よくあるご質問
「今の状態で調査が入ったら、うちは持つのか?」
未加入・一部加入のまま人を増やしてきた会社ほど、指摘されてからでは負担が一度に来ます。保険料と人件費の見通しを立てて、無理のない順番で整えます。Zoom30分・無料です。
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